2017年4月30日日曜日

あなたへ続く道。てのは一体どれなの?(泣)(朝鮮語事始その8)

開始からとっぷりと1ヶ月が経過しましたが、依然として単母音字すら取り違えたりしてる悲しみに、アアア浸っていてもしょうがないので、このへんでちょいとまとめ。

「千秋太后」におけるカン将軍の魅力にヤラれ、「朝鮮語におふらんす語と類似の音があるのではないか仮説」を検証したい気持ち(と、いう言い訳)が盛り上がってきたところで、書店で手に取っては戻し・・・を繰り返していた李昌圭「はじめての韓国語」をとうとう買っちゃおう、かなあ~?と思った。が、たまたま多少大きな書店に行ったらそれは売ってなくて、同じく李昌圭「文法から学べる韓国語初級パーフェクト版」があり、勢いにまかせてそっちを購入。別にまだちっとも本気ではなかったため、あらーこれ一冊でパーフェクトなわけなのね(安く上がるのねw)?と。

そもそも李昌圭先生に目を止めたというのが、前にもちらと書いたように単音をIPAで表記してあって、かつおふらんす語類似??という興味を抱かされたから。田舎の悲しさで、他に売ってるのはカタカナばっかりだったのだ。

でまあ、買ってきたことですし。素直に頭から字のおけいこを開始するわけだ。方眼ノートとえんぴつシャープ買い込んで来て、ね。ハングルをイチから覚えようというこの場合、自分にとっては全く意味をなさない『恣意的』な記号を覚えかつそれを自分自身の反射に、そしてゆくゆくは意味のあるものにしていかないとならないということになる。焦らなくてもよい、根を詰めなくてよい、嫌になったらやめてよい、ということに決めた。私はそう、自転車の稽古をするにあたり一切の流血をしなかった人間なのだ。ダーラダラと自然に車上平衡感覚が生まれるのを待ったというわけ。その伝で参りましょうと。

ところがねー。李昌圭先生、イウンという字母いや当時の私は{にょろまる}と呼んでおりましたのですが(笑)、そのにょろまるを手書きするにあたっては{にょろ}部分を書かなくてもよいというか書くなということすら一切教えてくださらないのであった。ノートの最初のページなんかすっごい可哀想なかんじになってるわよお。のちにインターネット先生のうちのどなたかが教えてくださったからいいようなもんだけどもねっ。

よたよたと、一日の仕事量は極少(笑)ながらも投げ出して例の如くに2日坊主になることもなく、まあいちおう続いてはいたんだけども、うー激音と濃音の字自体のとこでワケがわかんなくなり、強引に丸暗記する体力もなく、しょうがないよねえ字を覚えてないのにナンセンスかもしれないけども、やってるうちにミチがつくかもしれないしーというわけで、余計にワケわかんないであろう発音変化の部に入学しよう、と思ったのね。そしたらねー、超絶ビックリなの。やろうとしてることは「発音変化」、なんですよ?いきなりIPAなんかひとっ粒も振ってないの。ついでに言うとカタカナすら振ってないの。あのう・・・これでどうやって発音変化を認識せよと仰るのでしょうか?やーな予感がして文法編の方をめくってみると、おお、カタカナの海。カタカナルビは赤字で印刷の上、赤シートをおまけにつけてくださっているというあたりは、親切といえば親切には違いないんだけど、その親切はひっじょうにズレていると言わざるを得ないでしょう。

これはダメね?ということで、密林書店さんを漁る。驚いたことに、これだけ学習者の裾野が広がっている朝鮮語であるにもかかわらず、恰好なる発音専門書というのがほとんどないのね。中国語の方がまだマシである、っても見るべきほどのものはみな品切絶版の嵐だけどね。軽佻浮薄なこの世の中が悪いのだわっ。それにしても朝鮮語学会、まじめにやる気あんの?とか罵りつつやっと探し出したのが、姜奉植「なるほど!韓国語文字と発音編」である。韓国語の最高権威である『ハングル学会』推薦テキスト、なのだそうだけども。うーんうーん、子音字はいきなり書き順すら示してくれないし、記述がわかりにくい箇所なども多々あるなー。いちおう母音の最初からやり直してはみたんだけど、途中から李昌圭先生と交互に参照する必要があったなあ。

結局、発音変化についてはちっとも腑に落ちない(ええと字すら覚えてないので当たり前なので先生方への苦情ではないです)ので業を煮やしてしまいました。途中でいきなりやめて後ろの方の「挨拶とよく使う表現」編に強引に入学しようとした。これは丸暗記しなさいネ、したらば初級文法の理解が容易となるであろうよと姜奉植先生が仰せになっている。ところがねー、コンニチワアリガトウがね、ちっとも全く覚えられないの。私、本気でバカなんじゃないだろかーって、泣きそう・・・。やっぱり字すら覚え切ってないというこの状態がよろしくないということでしょうか?

と、いうところで急に思い出す。そうね去年の今頃のことだったわ。まいにちハングルの最初のとこだけでも買っとけば、ソノ気になったあかつきにはいつでも着手できるじゃあないの?って思ったことを。現に4月5月ぐらいは買ってあり、録音も残っている。一回も開いてみてないけどっ。むははは、これで解決じゃあ!

いやあオマエ、天国ちゅうとこはそんなに甘いもんやおまへんにゃー、ですよ。急遽引っ張り出してみましたが、ええとアプローチ法が全く好みでない。つうかカタカナだらけの挙句に聞こえた音をカタカナで書け、とな?!うわああああん(泣)。

幸なるかな、本年度の中島仁先生は、単音のレベルではIPAを振ってくださっていました。買いに走る。幸運なことにさかのぼって4月分も売っていた。もー、これをまたイチからやるざます。音声の方は、高梨研究所様のお世話になることとして。せっかくのIPAが、単語単位になるといきなり消滅してカタカナになるというこれはもうあきらめるしかないですわね。朝鮮語の先生方がまじめに音声学やり始めるよりは、私の方がおそらく先に死ぬでありましょうからね。

中島先生、ほれ字を読み上げるので書き取ってみなさい、みたいなのをやってくださいます。私が求めていたような方向を向いている。けども圧倒的に足りないなあ。ひたすら読み上げてくれてひたすら書き取る、ひたすら書いて与えてくれてそれをひたすら読み上げるというの、大量にやらないとこれら恣意的記号の集まりは私にとっての意味を持つようになってくれない、というような気がする。と、いうことで・・・きのう「書いてマスター!ハングル練習帳」4月号を買ってきたりしているのは内緒だ。あああ、結局またズルズルと教材買い漁り地獄が展開することになるのだわ。

初心に立ち戻ってみますと、チェ・ジェソンさんなかりせば絶対に絶対に朝鮮語なんかやっとらんわ!なんだよ。本来嫌い、だったんだからー。そうね当面は、日本語どころか英語字幕すらついてないような、過去の御作たちを見て聞いてうひひと喜べるようになる、というのを究極にして唯一の目標として掲げておるわけですね。で、それはそれでいいんだけども、・・・、・・・・・・、

その道つまりはあなたへと続く道というのは、一体どこにあるどれ、なわけですかー(泣)?

悲報:カン将軍、お前もか(その1)

ええと金曜日の分だから、おそらく第57回(要確認)。

しかしどうでもいいことだけども、半島の方々の色彩センスというのは一体どうなっているんだろう。うちで一緒に晩ゴハン食べてくつろいでいるカン兵部尚書閣下が、なぜなにどうしてベビー?パウダー?なんかわかんないけどうわーあろうことかドぴんく色の、それもかっぴかぴにてっかてかのつーるつるな着物を着ているというのだ?!とんでもないオッサンとかジイサン(の両班?)が、同様にうわああピンク色の着物着て表を歩いていたりするのはよく見かけるので、まあそれは普通なこと、なのかもしんないけども。しかしそれが個々人に似合ってその人の魅力を引き出すかどうか、とかそういう観点が欠落してはいますまいか。カン将軍に関して言えば、うー男前度が6割ぐらい低下しとるではないか。

んもうー。イルボンナラへいらっしゃいよ、藍大島とか着せてあげるざますっ。

まそれはとりあえずどうでもいいとして。

多分いまだに整理できてないので、なに言ってるかよくわかんないことになると思うけども。カン将軍がヒャンビを妻に迎えますうと宣言したところですでに、「結婚したら妻は当然会社辞めるもの」ということになっててすごい反発を感じてたところだけども。けどヒャンビ嬢は千秋太后様の狛犬型護衛の片方なのであるからして、皇宮警察のエースってところではないか。とびっきりの腕っこきである上に、人格・品性・容姿すべてが申し分なしとみなされている証拠である。つまりはばりっばりのキャリアウーマンであるわけなんだけど・・・?その資質能力共になかったことにして、家の中でオレのパンツを洗うだけの身の上にするのが、護り幸福にするというのの意味、なの?まあ嫁に貰おうととうとう決心したきっかけというのが、契丹との50対50戦争で負傷した、および太后様の薬をお毒見して死にかけたというおとろしい状況だったということを酌量しても、だ。

だがまあ、ここまでは(よくないけど)まあいいということにするか。「会社なんか辞めろ」って言われたヒャンビ本人が嬉しそうだったからな。←ソコが落とし穴なのヨ~っ!って、傍で見ておりかついろいろ辛酸も嘗めてきたおばちゃんは警告してあげたくてたまらなくなるー。

無事目出度くご成婚後には、会社辞めさせておきながらもどっこい危険な業務をさせる。相当のバカであっても、ちょっと考えてみなくたって危険極まりないのはすぐわかるような内容なので、ここは押しとどめてカン・ガムチャン先生に丸投げというのが真っ当な解決策であったはず。あれなー、ヒャンビは会社辞めさせられたけどもやはり能力を発揮してみせたかった、のかなあなんなのかなあ。

ここでようやく本題なのだけど、ああこの問題を掘り下げようとするのはつらいわ苦しいのだわ。結婚後のカン将軍が、妻の言うことなどアタマっからバカにしてまともに取り合わない問題、なんだけども、うーんまたにして逃亡しよう。

2017年4月28日金曜日

夫婦は敬語?

よしゃあいいのに、カン将軍の結婚式および翌日のようすを見返した(爆)。冷静になってみると、ほおん、結婚すると言葉づかいを改める(=敬語になる)ものである、とな?

そういえば、千秋太后の旦那さん(先々代皇帝)も、へ?っと気づくと妙に敬語になっててあれれ?と思ったんだった。あの時は、皇后様ご懐妊に伴い敬意と愛着が生まれ、かつ自暴自棄のぐちゃぐちゃを改めたからなのかと思ったけども。

まあこの先本当に見せてもらえるのか怪しいところの、糸巻きを手伝うだの奥様お帰りが遅いためゴハン作って待ってるだののシーンが、いちおうはおそらく存在するのでしょう。しかしな、よくよく考えてみるに、カン将軍いやさカン大将軍は兵部尚書兼任なのであるからして、陸軍総司令官兼陸軍大臣のようなもんです、政府高官、ですよ?大臣閣下ならびにその令夫人、なのである。ゴハンなんか使用人がしずしずと運んできそうなもんである。それなのにそのような、庶民的というかふたりっきりの世界的というか、おままごと的新婚生活を送ろうってんですか?ゆ、許さん・・・・・・(涙)。

そりゃカワイーはカワイーのであるが、カン将軍はやっぱり筋肉バカなので、もうヒャンビには危険な真似をさせないのですうと各界に宣言しておきながら、キム・チヤンの件を私がさらに探ってみますわと言われて、なんとなーく虫が知らせてるような表情を見せておきながらも押しとどめて他の者にやらせるということをしない。やっぱ筋肉バカだわー。

2017年4月27日木曜日

苦情申し立てる!

「千秋太后」ですけどっ。

ええもう、きいぃぃぃぃぃーってハンカチを噛み地団太踏みつつ拝見しましたとも。ったくヒャンビの奴、まんまとカン将軍を手に入れやがりましたとも。

夫婦となったのであるからして、お互いの呼び方の練習をしようではないか、って、

夫人/書房ニム

とかいう遠隔イチャコラをも、大変苦々しく拝見しましたともさ。したけども。いやしかし、なんかアッサリしすぎてない?どなたかのレビューで、干した魚で新郎の足の裏を叩くとかなんとか書いてあるのを見て、まあ興味期待がないわけでもなかったのに、そんなシーンはどこにもない。もしかして、激しく大幅にカット、してる・・・?

おそらく新婚ふたりは床入りでもしてっかね?というまさにその頃、帰り道の千秋太后の行列そして同時に大良院君のいるお寺も襲撃されたりしたわけなのだけども、翌日の朝会(?ての?)には全く普通にカン将軍は参加してるし。私事にかまけてお護りできなくて申し訳ございませーんみたいなのも一切なし。

もしかして、カン将軍のシーンは重要性が低いじゃんよ?とか思ってカットしまくってんだとしたら許さんよ。←ま、誰に向かって怒ってよいやらわかんないけどね。

しかしな。もうだいぶ長いこと鎧に身を固めた姿しか見てこなかったせいか、カン将軍の花婿姿は間が抜けてるというかあんまりかわいくなかった。制服補正効果というやつですかの。そしてヒャンビは、花嫁メイクがすでにギラついててアラやだわ?なのだが、翌日からもセクシーギラ系メイクになってて、まーよけいかわいくない。だからって、ヒャンビ早く死ねとかはさすがに思ってないけど。

この先、糸巻きを手伝うとか夕飯作って待ってるとかのシーン、ぜひともカットなどせずとっぷりと見せていただきたいものでございます。

(ネットの)波間に揺れる君の面影(朝鮮語事始その7)

ゆうべ寝る前に、チェ・ジェソンさん大層大層お若い頃の映画の断片をふと見た。そらまあ可愛らしいけども、仮に当時出会っていたとして、そしたら今みたいにイカレたかなあどうだったかなあ。現在の、お色気したたり落ちる傾城のオジサンっぷりの方が断然いいぜと思うんだけどな。とかなんとか言いつつ、お若いチェ・ジェソンさんがパッと笑顔を見せたりするのを見て、うわ表情筋の使い方なんか今と全く一緒じゃん?と、実に当たり前といえば当たり前なんだけどもどきっとしたりとかして。昔の作品、ほとんど手に入らなくなってるけども、古いテレビドラマは難しいにしても映画はネット上で結構見ることができる有難い世の中になっていて、こうして夜中にココロを掻き乱され体験とかできちゃう。せっかくこういう有難い世の中なのであるからして、はやいとこなに言ってるのかわかるようになってやらねばならんぞ!とね、しみじみ思ったことでしたよ。がむばるよ。

波間に揺れる君の面影・・・、わかる方にはわかっていただけるだろうか?お若い頃のチェ・ジェソンさんに私は果たしてイカレたりしただろうか?と、かなんとか言いつつ、大昔実際にイカレていたあの方をちびっと想起してみたりしたんですけどー?一番の、夕焼け空に誓った愛を~の方がわかりやすかったかしらね(爆)。

「千秋太后」、そうよ今日はカン将軍結婚式の巻、なんだよー。思い出すたびに今朝からムカムカと腹が立つよっ。そら見たい、見たいですよ。でも見つつ世をはかなんでしまったりするかも。あと2時間足らずですけどもね。

とぼとぼよたよたと、字のおけいこは続けているのだけども、激音だ濃音だのになると息切れして字自体を覚えきっていなくて云々よりはるか手前で、単母音字すら取り違えたりしてるテイタラクはもうしょうがないので、教本に従って発音変化の部に参入したんだけども。うむむ、やはり根本をきちんと把握しとらぬために非常に大変。というか意味わからん(泣)。もう覚えた(ということになっている)字を、現在は音素音素1ヶずつ分解しないと把握できない状態だけど、単純なものでよいので見て即座に把握するという練習が必要だなあとも考え始めた。しかしどうやって?

中国語を修行するにあたっては、あのやたらと書きまくる日々には0.38ミリ顔料インクペン(?)を専ら愛用してたものだった。飽きがくるのでいろんな色を交互に使って。ある程度の長さのある文章を何度もディクテしましょうという時には例外的にシャープペンシルを使ったりもしたけど、0.2とか0.3ミリの、しかも硬い薄い芯。それが、いざさてハングルを修行しましょうか、となると、無性にえんぴつ感が恋しいような気がするんだった。0.7ミリのえんぴつシャープてなのをわざわざ買い込んできて、それからおもむろに始めたんだよ。ここでもまた、身体感覚のなんらかの変化というものが認められよう。これなんなの、トシのせいだとでも言うの?

-nと-ngの判別がほぼ絶望、有気音無気音の場合は無気音に対気音を感じ、逆にあるはずの対気音がちっとも聞こえないという、中国語の場合と同様の悲哀を味わっておるわけです。それも中国語無慮数年の経験の後であるにもかかわらず、ですよ?朝鮮語オマエモカ?!って恨むべきなのか、この期に及んでまだなにをやっとるかっ!てそう言いながら自分の影を殴る(こっちは原田真二先生。笑)、べきなのか。

有気音vs無気音に関しては、日本語の無声子音は結構有気音で発音されてるから云々という記述がどっかにあった。今ちょっと見つからないので、そのうち出てきたら補足するけど。これ、言われてみればまことその通りなんである。しかも、我らの対気音は結構恣意的?というのか感情的というのか、意味の対立には全く結びつかない上に自由勝手に気分で出しているもので、意識的にコントロールしてるわけではないのだよね。だからコントロールがかくまで困難なのだよね。朝鮮語教本に指摘されるまで気がつかなかったけども。あああ、人間いくつになっても新たに学ぶべきことは尽きぬ、というわけなのだね。
 

2017年4月26日水曜日

あなたのママニム(朝鮮語事始その6)

「我が家のハニーポット」中で、チェ・ジェソンさん演ずるところのカン・テジュン氏がミダルさんをちやほやする際にはどうも、

ママニム

って呼んでいる、よねえ。他人たとえば居候婆ちゃんが、まーったく女王様みたいに扱ってんだよ、けっ!みたいなところではなんて言ってるか聞き取れないんだけども、テジュンさん本人はママニムって確かに言ってると思うの。本邦において同種の文脈ではなんと言う?うーん、女王様、以外にはちょっと思いつかないけども。

すでにチャングムの洗礼を受けておる日本の視聴者としましては、なぜだ、なぜママニムなのだ?と、なりますわよね。チャングムのウィキ的知識によると、ママニムとは李朝体制下の尚宮様に使われる敬称であるからして。なぜだ、なぜなのだ?どういうニュアンスがあるというのだ?!

あああ、韓日バイリンガルでチェ・ジェソンさんファンのお姐様、メル友になってくださーい。

中国語をほったらかしておるという罪悪感にもかかわらず朝鮮語のはしっこを齧り始めてしまうに際し、言い訳のひとつとして「おふらんす語と類似の音があるらしいので検証を」てのがあったわけです。教本の最初の一冊を買う動機となったのが、IPAの[ə]であったのだけども、これはまあほとんど大嘘でしたね。かといって、学会の有力勢が使用している[ɔ]が適切であるというわけでもないんだけどもね。そして[y]と[ø]が、かつてはあったが現用されなくなってきつつあるとの記述が散見されるけども、音自体をこれだ!って聞かせてはくれないのでね、ギモンはギモンのままで気持ちわるーい状態。

それよりも、なんか意外な伏兵が存在した。으[ɯ]ですよー。これって、トルコ語にあるあのアレと(ほぼ)同じやつ、じゃないのかなあ?

おかずのたぐいを、いっぺんにどばーと作って、なくなるまで延々と食べ続ける(らしい)というあの風習も、わートルコ人みたいだなあと思うんだけど、なんか関係ある?ないか・・・。

それにつけてもチェ・ジェソンさんはカワイー。

2017年4月25日火曜日

千秋太后DEハングルのおべんきょう(朝鮮語事始その5)

今のところ、北朝鮮歌曲の誘惑にはかろうじてなんとか抵抗できています。チェ・ジェソンさんあってこその朝鮮語、なのであるからして、やはり記念すべき一曲目は南であるべきじゃあないの?とか、あまり根拠ないような気もしないでもないけどなんかこだわっている。

字すら全然覚えきれてない自分に対するもどかしさから逃亡しようとして、歌を歌うてのはどうなの?と例によって例の如く逃亡を図ろうと思いついた、のよりも先だったような気がするのだけども、「千秋太后」が非常にゴージャスな作りになっていたことに気がついた。なにがどこが?ってそれはですね、字幕が漢字ハングルカタカナとトロイカ体制になってるの。まあ漢字は固有名詞に限られちゃう(しかも多くの人名はカナだけ)んだけどね。今まで覚えてる限りではこういうのはなかった。漢字にカナ振ってくれたら人名の把握が非常に楽になるのにいいいってずっと思ってた。「名家の娘ソヒ」で、あんまりかわいくもないが男主人公格=ソヒの旦那さんのキム・ギルサン氏が金吉祥!であり、なんとかぐちょ?だかなんだかどうしても覚えられない名前が「九重」だったことを放送とっくに終了後に知った時のショック、ですよ。

非常に残念ながら、このゴージャスな「千秋太后」は、録画してDVDに落として手元に置くということを思いついたのが遅きに失したので、37話からしかないんだけども。そう、そおおなんですよ、字幕が出てくるたびにパッと一時停止してですね、カタカナ・漢字・ハングルの順に書き写し、カタカナを頼りにハングルを読み上げてみる。と、こういう感じで数回分おべんきょうしましたわよー。ほっほっほ。ちっとも覚えないところがミソではあるがねー(涙)。強いて言うなれば、

金김

のひと文字だけには、かろうじて血が通ったような感覚はあったけども。

という具合に、教育的配慮(だけ)はすんばらしい「千秋太后」ではあるが、オープニングの3番目に登場するほどの重要キャラであるというにも関わらず、チェ・ジェソンさん演ずるカン将軍の扱いがひどすぎ。セリフなしでちっこくちらっと映るだけの回とかあって、一体ナンなんだよおおおと思いますね。非常にひっじょうに重要である、彼の太后に対する秘めたる想いが・・・あああああ~!のシーンだって、なんかとってつけたようでありかつそれを受けての太后の反応がさあ、うわー棒っキレみたいだったよ。脚本および監督がセンスないのかしら?「我が家のハニーポット」の方では、話の本筋では決してないカン・テジュンさんのシーンがどんどん悪ノリしていって、とてつもない存在感になっていくのと好対照だな。

2017年4月24日月曜日

愛はイバラかツタウルシ(朝鮮語事始その4)

中国語の場合、なんかいつまでも隔靴掻痒感?とでもいうものが抜けない感があるのだけど。外界に勝手に存在するだけで、私個人にはかかわってこないとでも言うか。まいてもまいても生えぬ種が、私とは関係ないところにころころと点在し、そしてこの広い荒野に点在したまんま。伍佰様の

因為妳是我生命中的所有

で初めてちょっぴりだけ、意味の連関の芽(カイワレ大根ぐらい)がちろりと生えたという感覚を味わったんだった。しかしその後、意味のネットワークが構築されたりは、どうもしてないようだ。歌はねえ、いっぱい歌ってんだけどもねー。勉強はしないけど。

おふらんす語の場合は、雪にたとえていたなあ。雪の降り始め、ひらひら降ってきても地面を濡らすにさえ至らず溶け去ったりしてて、そのうちぼたん雪がぼたぼたと降ってくるけどすぐ溶けてしまって道はだんだん濡れてくる。まだ降るよりは溶ける一方。それからだんだんと、ぐしょぐしょでしゃくしゃくに堆積し始めて、気がつけばうっすらと降り積もっていて、あ、知らぬ間に意味ある世界が足下に出現してたんだね、って。

ところがこれが朝鮮語の場合。現在まで純粋に字と音を覚えることのみに集中しているため、単位の最大は単語にとどまる。コンニチワアリガトウすら正確には知りませんという段階なわけだけども、チェ・ジェソンさんになんとかヨ~って(今ならばそれはおそらくナントカ”요”であろうかと推察できる!)言って欲しいそれを聞きたいというか私にこの私に向かって言ってお願いそう言ってっ!とかナントカ渇望するに至るという未曽有のこの感覚。

・・・へっ?!

ってふと目を下に向けてみると、ややっ?!なんらかのツタ性の植物がにょきにょき生え出した、どころの騒ぎでなく、まっこと一夜にして膝上ぐらいまでに成長しちゃってて、わーこんがらがって絡まってるー。

これはなに?私から生えてるの、それとも朝鮮語から私めがけて生えてんの?チェ・ジェソンさんが投網を投げてくださった、とかいうんだったらどんなにいいでしょ。って、まーヨソ様のダンナさんだしな・・・。

このあと、意味の世界に参入する(ことができるようになる)まで辛抱しきれるかも怪しいものではあるな。だって、字も発音も大変な難物ですよ。激音だ濃音だって言ったって、その差は日本語耳にはあまりに微妙すぎる。そして閉音節多すぎてすごーく抑圧されてるー感あり。

例:김밥, 국밥

そう、たかがゴハン食べよったってかくまで抑圧されんだよー。有気音無気音の対立は、中国語のそれとほぼ同様に考えてよいとか、物の本には書いてあるけども、中国語の方がはるかに息をぱーん!と力一杯吐くよねえ。中国語で歌うと、ちょっとしたカタルシス感があったりするよ。


2017年4月23日日曜日

歌は語れ、台詞は歌え(朝鮮語事始その3)

「チェ・ジェソンさんによる懇願調あるいは宥め諭し調のなんとかヨ」が、相当程度に恋は空耳であることが判明し、結構悲しくなったりもし。そうこうするうちに、いつまでたっても字すら覚えきらない自分自身に飽きてくるのであった。これは言語の如何を問わぬ普遍的現象である。

そして企み始めるのだった例によって。はい、歌を歌うてのはどうなの?と。

おふらんす語の場合は、ちっとも覚えきってもいないl'orthographe et sa valeur phonique (アレっ?単数だっけ複数だっけ?)を駆使し、なんとなく耳で補うことにより、

中国語の場合には、とにかくひと粒ずつ字引きを引いてピンイン様を振り、作れない音は逐一各単音の作り方にまで戻って修行。文法がわからないために読み方がわからん箇所は、うーなんとなく耳で補おうかな、という感じで、

まあナントカならないこともなかった、ように思われる。

しかし朝鮮語の場合、まだ字を覚えてませーんの程度が甚だしいうえに、どうも語が連結した際に単語単位とは著しく音が変化するという現象がある(らしい、ことぐらいしかわからない)わけなのであり、うーんこれまた相当な難物となりましょうねえ。少なくとも現時点では。

さらに、よくよく考えてみるに、仏・中の場合には、わーコレ歌いたーい!の曲の魅力の方が先立っていて、それはしこしこと下拵えの努力をさせるに足るほどの圧倒的パワーを持っていた、んだったっけ。非常に残念なことに、朝鮮語の曲でそういうのはない。というかまだ出会っていない。半島においてはカワイー殿方がなかなか見つからない(や、もう見つけましたけどね。イヒヒヒ)というあの有名な現象ともしかしてパラレルな関係にあるのかしらーん?

うーんうーん、どう考えても「釜山港へ帰れ」しか知らないぞ。しかも日本語版だぞ。あれが大流行した当時、チョ・ヨンピルさん(チョーヨンピル、って伸ばして表記してたよね)のルックスも声も発音もなにもかもが嫌で耐えられなかったことが、しみじみと思い出される。そういう人間が、ですよ?今や朝鮮語を修行しましょってんですよ?

おっかなびっくりチョ・ヨンピルさんによる「釜山港へ帰れ」を味見してみましたよ。ありゃびっくらこいたよー。ルックスは、私が特段の魅力を見出さないしかし普通の人だった。声は、私が特段に好むものではないしかし普通の声だった。発声も、べっつに普通、だった。

私は一体どうしちゃったというのでしょう?

「釜山港へ帰れ」は、言葉数少なくテンポもほどよく、なんというか修行用には大変適していると思われる。ただ現状の私の能力では、ハングルだけ見て正しく発音するのは覚束ないに決まってるよなあ、そしてそれでもがんばる原動力つまりは曲または歌手またはその両方の魅力が、不足に過ぎるという気がする。

youtube様オススメを手当たり次第にクリックしていっても、出会う曲という曲のすべてがきわめてフツーであり、神経を逆撫でしたりなどは一切しないのであった。その代わりというんでもないが、キャッチィな曲気に入る曲というのにも出会わなかった。この際最もうるわしい解決策は、やはり「チェ・ジェソンさんが歌ってくれてたらいいのにー!」ということになりますわね。CDの1枚や2枚出していてくださったら一番よかったのにね、渡哲也ばりにね。そういうことはないようである、というか現在の私には探し出す力すらない(肩を落としてはらはらと落涙す)。

って、がっかりしているところへ、「我が家のハニーポット」の英語字幕版なんてものを発見したんだった、ほんの数日前に。それはまるで、天が私の声を聞き届けたのか?とでも思わないととても信じらんないことながら、チェ・ジェソンさんが歌うシーンというのが少なくとも2回あったのだー!チェ・ジェソンさんたら、歌う声も普段の台詞の声の印象とあまり変わらない感じ。わーんわーん、もっと歌って欲しいのおーんわんわん。私が認識しただけでも、おそらく3曲はあった。2つは全くわからない、おそらく朝鮮語歌謡曲の一節たち。最初の1つは、なんということだ「アルゼンチンよ泣かないで」英語バージョン、だよ。

アルゼンチン、女声による朝鮮語バージョンを味見してみましたところ、相当程度かっこいい!しかしなあ、自分で歌いたいかというと、うーんあんまり・・・。だもんであちこちクリックしていましたところ、うわあついに邂逅してしまいましたとさ。何と?ってそれは

北朝鮮歌謡!

たちと、ですよ。うっわコレ・・・どうしよう相当程度キャッチィだよう。

2017年4月22日土曜日

恋は空耳(朝鮮語事始その2)

まあほら、アレですよ。
数年前の私はといえば、本邦のテレビを占拠しきっている韓ドラにすっかりうんざりし嫌悪憎悪に近い感情を抱いていた、わけですよ。そっから偶然に痞子英雄に出会い、さらにそっから伍佰様と運命の邂逅を果たした、と。

韓ドラは、なんというか粗製乱造感がものすごかった。筋立てがあまりに荒唐無稽のあほんだらだし、セットも安易に使いまわしてるし、画面が非常に貧乏臭い。というか、臭かった。それが、アレ?ふと気がつくと、あんまりそうでもなくなってきてる???数年の間に質が向上してきているのか、はたまた単にこっちが見慣れてきたというのか。

それよりも、嫌悪感の最大の理由は言語、だった。朝鮮語の響きが好きじゃない、というかものすごく嫌い。対気音というか有気音?、攻撃的イントネーションもだな、そしてしょっちゅうキンキン声を荒立てて怒鳴り合ってるし。おまけにいうと独特の喉発声(?というのか?)、もうこれらすべてが相俟って、私の神経を逆撫でするのだった。生理的に我慢できませんー、耐えられませんーっ!という感じ。

しかし。あれっ?今は別にあんまりなんともないぞ?さすがにドラマ見慣れた、っていうことなのかなあ。

と、こちらの身体状況がかように変化しつつあるところへ、「千秋太后」がじゃじゃじゃじゃーんて始まって、そこに忘れじのあの面影を再び見出す、と。その前にすでに、チャングムとかトンイとかイサンとかの、比較的お気に入り度の高い作品を見ている折々に、あーなに言ってんのかわかったらものすごくいいのにー!的な感情を覚えたりもするようになっていたけども、それがますますどんどん募っていくのでした。

う、う、本屋などに行った際、つ、つつつつい朝鮮語教本なぞを手に取ってみたり、とか・・・。しかし放り出したままになっとる中国語というものがありましたのでねえ、ううう・・・と買わずに戻す、を何回やったことでしょ。

それが、「千秋太后」に忘れじのあの面影を再発見してからというもの、もー盛り上がりっぱなしですわ。なに言ってんだか知りたい理解したい欲求は高まるばかり。朝鮮語教本を手に取る頻度も高まるばかり。

そんなある日、某教本をぱらぱらと見ていたらば、IPAの[ə]が目に入ったのでビックリ。も、もしかしてこれは・・・?そう、実は中国普通語にはおふらんす語の[y][ə]によく似た音があるのであるよ。ついでに言うと-engも私はとっさに鼻母音出しちゃうことがあるけど。そうですよ、同様の現象つまりは朝鮮語にもおふらんす語類似の音があったりしたの?!という疑問がムクムクと湧き起こり、うわ検証したくてたまらない。ってのはまあ言い訳に過ぎないのかもしれないけどね、えへへとうとう買っちゃった。 

買ったのいつだったろ?すでに定かではなくなってるけど、3月の23日とかそんなだわ。買ったはいいがすぐに着手する度胸もなく、数日が過ぎる。これまた定かでないが、おそらく28日ぐらいになってやっと始める。シコシコと、まあとりあえず字を覚えねばなりませんからね。しかし予想されたこととはいえ、こりゃあエライ難物ですな。遅々として覚えず進まず、しかしよたよたとやっております。

そんなことをしつつ、愛しのチェ・ジェソンさんを検索検索、また検索。詳しくは後に述べるとして、お若い頃のお姿とか、現代劇の断片とかを発見してはウシシと喜んだりとかしておりますとね、次第に自分で勝手に盛り上がってしまい、今やもう夢中、と。繰り返しとっかえひっかえ見ておるうちにですね、ほら朝鮮語で、なんたらヨ、ってよく言うじゃありませんか。チェ・ジェソンさんがなんだかしきりにそう仰っている、それもなんとかヨォ~と語尾が歌う、というような気がしてならなくなりましてね。それが非常に耳に快い、というだけでなく、わーんわーんもっともっと言って欲しいのお、それも懇願調とか宥め諭し調で言って欲しいのお、というかこの私に言って欲しいのおおおおおと、熱に浮かされたように思った。

これは2つの意味で異様な事態です。
ひとつには、朝鮮語の響きが嫌いです生理的に受け付けません!とか言ってた人間の言うことだから。
もうひとつには、こういうの、どの言語のどなた様に対しても思ったことはないことだから。

これが愛、というものかしら?(爆)

・・・ま、そこはどうでもよろしいんだけども、現代劇断片をやたらと見まくっているうちに、チェ・ジェソンさんは別段、懇願・宥め諭し系なんたらヨを多用なさっているわけでは全然なかったことが判明。ああ空耳アワー。しかしそれでもやはり、彼の文末はよく歌っている、ように思われる。アクセント、イントネーション関連を攻略するには、はああ、とっとと字を覚えねばなりませんわよね。はああ。 

「我が家のハニーポット」なる現代劇、しかもこれはすごい最近の作なんだけども、これのほぼすべてをしかも英語字幕つきで見ることができることを発見。この3-4日ほどずっと見まくりすぎて大分おかしくなっています。って、話の本筋は全くどうでもよくって、チェ・ジェソンさん登場シーンだけを選りすぐってね。チェ・ジェソンさんの怪演ぶりがあまりに突出しているのでくたびれ果てているんだけど、それでも折に触れ見たーーーい欲求が襲ってくる。見たーーーい!って、見る。中毒状態。 

2017年4月12日水曜日

異変(朝鮮語事始その1)

目下我が身は激動の渦中にある。



・・・って、これからごちゃごちゃいろいろ述べますが、単に
「こんな日が来るとは思わなかったが、朝鮮語ついに始めちゃいましたーということ、および
「チェ・ジェソン(崔宰誠)さん異様にカワイー」
とまあ、結局はソレしか言ってないことになると思われるのでした。はは。

ただ本人的にはちょっともうものすごい衝撃的状況を生きているのお~、とそんな気がしてならない。ので誰も読んでないここでぎゃーぎゃー言わせていただくことに。

朝鮮語、という術語を使用する理由は、朝鮮半島の第一言語だから、に尽きます。伍佰様が使用なさっている言語だからという理由で中国語を齧っているのと全く同様に、チェ・ジェソンさんが使用なさっているからこそ齧ってやりましょう・もし彼なかりせば絶対やらない、というわけなのだから、この際韓国語と称してもよさそうなもん、でもあるけれど。しかし、そのうちには述べるかもしれない理由により、北朝鮮語の現用状況の方が自分の学習流儀にかなっているのでは?という仮説を抱いているため、今はとりあえず両方を統合して考えたいので。もしかしたら、後に態度を翻すかもしれない。 

はて、どっから語り起こそうか。

この件を書こう書こうと思いつつ、そうだな10日や2週間は経過してしまったかもしれない。なんやこっ恥ずかしいやら、うまくまとまりそうもないやらで。アタマの中は依然混乱状態にあるものの、一番最初に来てるのは、うーん、「チェ・ジェソンさんが異様にかわいい」、だろうなあ。原動力は不純な動機っ。しかしなんだかんだ言ったって、不純な動機こそが結局最強、なのですよ。

事の起こりはこうでした。
夕方5時から、BS-TBSで新しいドラマが始まった。なにも知らぬままに、じゃじゃじゃーん!と始まった第一回をぼけーと見ることになったのだった、2月7日のことだった(らしい)。時代劇らしいのはうれしかったけども、まー難しいの。そしてヒロインらしき女優さんが好みでないの。全然入り込めなーい。しかし当時、その時間にテレビをつけっぱなしにしつつ作業をする必要があったため、なんとなく毎回チャンネルを合わせる。タイトルは「千秋太后」。

うーん、なんかいまひとつよねえ・・・と文句垂れつつも流し見していた私の注意が、突如ある一点に集中した。

こ、こ、・・・このなんだか見覚えのある面影は???

もしかしてもしかすると、もういつだったかも覚えてないとにかく数年前に漫然と見ていた、相当程度バカらしい現代劇のぐだぐだだのドロドロだのの合間合間に、間歇的にまこと一服の清涼剤のようにちらちら登場していたそのお姿を、あたしゃーシッカリ見初めておった、しかしどなたさんやらもわからなかった、まさにあの人!!!

いや~ん。そして今度こそはしっかりとそのお名前および役名を心に刻みましてございまする、それがチェ・ジェソンさん演ずるところのカン・ジョ教官のちに将軍。

と、なりますと。そのバカ現代劇のタイトルは一体なんだったというのでしょう?と、なりますわね。ところがチェ・ジェソンさんの情報それ自体がとても少ない。出演作リスト見てもそれらしきものは載ってない。がっかり。それでもぎゃーぎゃーじたばたしつつ、執拗に執拗に検索をかける(爆)。そしてとうとう探し当てましたよ。「恋せよシングルママ」であった。

さらに執拗に執拗に、あーでもないこーでもない、しまいにゃハングルをコピペすることによって、youtube上でドラマの断片たちを探し出すことに成功。うひひ。

さらに執拗に執拗に執拗に探し回った結果、「我が家のハニーポット」なる作品も存在することを知り、かつまた断片たちを。こっちの作品中では、チェ・ジェソンさんはさらにお年を召しておいでになるのだけど、そこがまたイイ!のであった。

その上、彼はかつて「韓国のジェームス・ディーン」と謳われた青春アイドルであらせられた等々も知り、そっちの方向にも執拗に執拗に執拗に執拗に検索をかける。はは。

そんなことやったゆえの相乗効果というか自分で自分に暗示をかけてしまったという寸法であるのか、いやもうすっかり夢中です。惚れてしまったのです。いつまで続くかわからんけども、目下はそうねえ、私が尺度のひとつとして使っている設問:「後妻のクチがかかったとしたら、3秒以内で応諾するか」と、もし問われたとしたならば。誰も問わないけども。はい、します。これがどのぐらいすごいことかというと、はい応諾しますのリストには、かのPV氏、ブータンの先王様、伍佰様がキラ星の如く居並んでおいでになりますからっ。

で、それが一体どのように「ついに朝鮮語始めちゃいましたー!」につながるというのであるか、はあ疲れたのでおいおい語っていきましょう。つづく。